続・論理プロレス論考

観戦の感想、レスラー個々、そしてプロレスを見る私と、様々な角度からあれこれプロレスを語りたいブログ

戦うことは生きることだ - KENTAの退団に寄せて

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ノアから彼の長年の夢でもあったWWEへ移籍していたKENTAが、ついにWWEを退団したというニュースが報じられた。
 
大きな期待を持って迎えられたわけだが、結局目立った実績を残すことができず、怪我に泣かされてばかりの生活であった。
 
もともと彼の持ち味だったファイトスタイルも、やはりWWEでは許容されず、ふてぶてしさというキャラクタだけが活かされたわけで、元々彼のファンだった私にとってはとても歯がゆかったし、日本でやってくれよと思っていたので、正直嬉しいニュースでもあった。
 
とはいえ、当の本人にとってはきっとショックだと思うし、ともすれば自信をなくす期間だっただろう。
 
実際、昨年の丸藤の記念興行での試合後のインタビューでもそれを匂わす発言があったしね。
 
契約の都合上、90日は他団体での試合はできないらしいけど、それが溶けたら早々にまた試合を見たいよね。
 
できればノアではなくて、全日本とか、あるいはフリーとしていろんなマットでの活躍を願ってる。
 
盟友・柴田はあの怪我以降、選手としての現役生活は正直厳しいと思うし、今はLA道場のコーチとしてしっかりプロレスラーしている。
 
激しいファイトスタイルの代償はやっぱり小さくないわけだけど、KENTAはまだまだできるはずだ。
 
期待して動向を待ちたいところである。
 
 
私がプロレスを好きな理由は何回も言っている気がするが、そこに生き様が見えてくることである。
 
プロレスに対する世間的な批判として、勝敗が決まっている八百長というのがもう定番だし、直接そう言ってくる人もいまだに少なくない。
 
だけど、リングの上はもちろん一番大事だけど、その周辺も含めた時に初めて本質が立ち現れると思っている。
 
自分が思う通りには必ずしも振舞うことはできないし、求められる役割をこなす一方で自分だけの存在感も求められる。
 
どうないせっちゅうねん!というジレンマと常に戦わないといけない。
 
それこそ、先日引退した飯塚なんてまさにそうだろ。
 
なんだかんだ彼は愛された選手だったと思う。
 
なんでかって、元々は超正統派のレスラーだったのが、怪我に泣かされてそれでも自分はプロレスでしか生きていけないと思った男が選んだ道があれだぜ。
 
あの体を見れば、どれだけトレーニングしているかなんて一目瞭然だ。
 
だけど、怪我で動かない体だけはどうしようもない。
 
その中でできることはああいうスタイルだったんだと思う。
 
それをファンは感じるし、知っているから彼を受け入れたし、全力で応援したわけだ。
 
私は歳のせいか知らんが、そういうのを考えると本当にグッとくるんだよね。
 
 
最近コマーシャルされる映画とかドラマの感動って、だいたい誰かが死ぬ話だ。
 
死ぬことがわかっていてその上でどうするか、みたいな話が多いわけだけど、フィクションとしては一番安いやり方だと個人的には思っている。
 
現実の世界で人が死ぬのが悲しい事なんて、わかりきっている事である。
 
それがこうしてエンターテイメントとして成り立つのは、それだけ世の中的には死というものが遠いからなのかもしれないし、ああいうシチュエーションで素朴に感動している人が多いと思うとその精神的な幼さをどうかと思うところもあるが、それはともかく、やっぱり私は生きていく上での葛藤や苦しみの方がグッとくるし、どんなにダサくてもカッコ悪くても、一生懸命生きることを考えるっていうことの方が尊いと思うんだよ。
 
死ぬことが分かってりゃ誰だって必死になるよ。
 
だけど、前提として生きていかなければいけないというのがあることが大事なんだよ。
 
プロレスって、最後はリング上のライブショーだから、結末として死はあり得ない。
 
死んではダメ、というのは前提なのである。
 
だって、ちょっと気を抜けば本当に死んでしまう世界だから。
 
 
柴田もKENTAも飯塚も、もちろん今いる現役の選手もみんな、人気選手、指示される選手っていうのは生きるためにどうするのか、ということに対していつも必死な人たちばかりだと思っている。
 
ただ落ち込まないでとか、明日はいいことあるさとか、そんなことが前向きなんじゃない。
 
明日も生きていくためにどうするかを泥臭く考えていくことが前向きなんだって。
 
村上も、すっかり動きも鈍くキャラだけが残ってしまった感じもしないではないが、今は手術もして復帰に向けて動きだしている。
 
彼のキャラも相まって、「ダセェ」「カッコ悪い」「まだやってんのか」「寒い」みたいな声もあるだろうけど、でもああやって今の生き残っているんだから、彼の勝ちだ。
 
そんなにカッコよく生きていられないよ。
 
だからこそ、プロレスラーが死んだ時ってすごく特殊な悲しみを与えるんだと思う。
 
 
泥臭さの中にこそ本質はあると私は思っているのもあるんだけど、今という世の中にあってこそ、多くの人に響くものがあるはずだ。
 
エンターテインメントって何を示すのかと言えば、根本はその場限りじゃなくて、明日も頑張ろうと思える活力を与えることだと思う。
 
もちろん表現として全ての人に響くわけはないと思うけど、ぜひリング内外に目を向けてみてほしいよね。